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句読点

 句読点がよくわかりません。
 例えば「ああ、いいですよ、僕は」と「ああ。いいですよ、僕は」と「ああ、いいですよ。僕は」は別の文章であるはずなのですが、その差異をうまく掴むことができません。でもなんとかその違いを探ってみたいと思います。

・「ああ、いいですよ、僕は」
 上記三つのの中では、が最もリズムが平坦なような気がします。加速も減速もありません。
 「ああ」にも「僕は」にも特別な感情は感じません。彼(僕の人)はそれでいいのだなと思います。全体的に、ややぞんざいな印象ですかね。

・「ああ。いいですよ、僕は」
 こちらは「ああ」のあとでいったん止まって、「いいですよ、僕は」の読点はそう意識せずスピーディーに読むような気がします。
 やや「ああ」が強調されているかもしれません。相手の意見に関心してから同意しているようにも見えます。「。」を「!」に置き換えるとさらに関心を表現できますが、それではまったく別の文章になってしまいますね。

・「ああ、いいですよ。僕は」
 これは最もテンポがスローな気がします。「ああ」の後ろで止まり、さらに「いいですよ」の後ろでもっと長く止まります。
 この文章で強調されるのは「僕は」でしょう。言外に、「僕はいいけど、別の人はどうでしょうね」といった否定的なニュアンスを感じます。「ああ、」を「……」に置き換えると、よりそういった意味が際立ちますが、こちらもまったく別の文章になってしまいますね。

 むろん前後の文章でもまったく意味は違ってくるのですが、個人的には上記のような印象を受けます。
 とはいえ人によってまったく感じ方が違うのだろうなとも思います。こういうのの統計集とか欲しいです。
 ではではー。

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小説の利点

 初めまして、神頭考太郎(カミズコウタロウ)と申します。
 今回は小説について、割と真面目っぽく語ってみようと思います。
 映画や漫画なんかに比べて、小説というのはやや不便な媒体です。
 単純に映像がないというのが一番の欠点でしょう。文章であれこれ描写したものよりも、直接と映像で見せてしまう方が分かりやすい事というのは沢山あります。例えば地図、物の形、大自然の雄大さ。
 ですが私は、必ずしも小説が他の表現媒体に劣るものだとは考えていません。
 小説の得意なこととして、情報の集中というものがあります。特定の情報だけを取り出して相手に伝えるということが、小説は得意です。逆の言い方をするなら、必要のないことを省略する能力が高い、とも表現できます。
 例えばある映画で、背景をまっ白にして、人物だけを映しているシーンというのを見たことがあります。しかしこの場合、映像にはどうしても「白い背景」という情報が混じってしまいます。白い背景は特異な空間であるという印象を与え、また過剰に人物を強調したいのだという作り手の意志も見えます(もちろんその強調が表現として間違っているわけではありませんが)。
 一方小説では、極めて自然に人物のみの情報というものを作り出せます。ただ背景を描写しなければいいだけです。そこには違和感も過剰な強調もありません。完全に無色透明の背景を作れる表現媒体は、小説の他にはあまりないのではないでしょうか。
 この省略、空白性というものは、場合によってはとても効果的です。作者の意図を伝えやすく、情報を伝える時間も短く、読者に想像で必要な部分を埋めさせることができます。そしてそこに、不自然さは一切ありません。
 ……もう二、三は小説のいい部分について書こうかと思っていたのですが、思いのほか長くなってしまったため、今回はこれだけで。
 というか「文章は省略が上手い」という説明を長々と続けるのは構造的に破綻していますね。
 文章の強みを使いきれるのは全て書き手の技量次第ということで、努力していこうと思います。

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