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映画とか

どうもこんばんわ。稲葉です。
僕は小説以外にも映画も撮っていたりするんですが、小説とはまた違った難しさがあります。去年撮った映画では、シナリオと製作(交渉とか役者さんの管理とか事務仕事)と音響を担当しました。真夏の現場だったのですごく辛かったです。でも苦労のかいあってか、国際映画祭に出展させてもらいました。
でも今年はちょっと残念なことになりました。僕は今年は二つの現場のライターを兼任させてもらい、そのうちの片方の現場では助監督をやらせてもらう予定だったんですが、その現場がなくなってしまいました。
理由は二つ。一つ目は物理的に撮影の準備をするための時間がなくなってしまったこと。二つ目は準備時間を短縮するために世界観やセットを妥協した結果、撮りたい画がみえなくなってしまったことです。この二つの理由は小説にはありえないことです。
例えば、小説の中に『家』を建てるのは簡単です。『ie』とキーを叩けば終わりです。100家建てようが手間もほとんど変わりません。コピペすれば更に楽ですし。ほら、こんなふうに

家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家家

チキンなので100は無理でしたが、まあ充分でしょう。ですが映画はそうはいかないのです。映画で家を建てようと思えば、本当に建てるか、そうでなくても交渉して借りなければいけません。当然お金も手間もかかります。一人では絶対に無理です。そうなると更に人手もいるわけです。すると必然的に、その大勢の人たちをまとめあげている監督には、責任というものが、重く、重くのしかかってきます。
ぶっちゃけ僕には無理だと思いました。もちろんスタッフ一人一人にも背負わされた役職があり、責任はあります。ですがそれは監督の比ではないです。単純にスタッフ+キャストの人数だけ責任があります。ストレスで死ねます。
そう考えると小説はまだいいです。編集さんや印刷所さんや、絵を頂く場合には絵師さんとのこともありますが、一人で好き勝手に書く分には関係ありませんし、また、小説ではそれができます。映画は99パーセント一人では成立しないですし、できても実験映像か記録映像ぐらいなものです。
結局のところ何が言いたいのかというと、小説はなんでもできるのだから、なんでもやらやってみないと損ですよね、ってことです。まあこれだけ行を費やして言いたいとはそれだけなんですけど。もしこの文章に赤ペンが入ったら、分量は半分くらいになってるんでしょう。ああ恐ろしい。
まあなんにせよ、僕は意地で作品を撮らなかった監督を尊敬しますね。
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エンタメ

 はじめまして。稲葉陸(いなばりく)です。好きな分野はハードSFやミステリです。
 今回は自己紹介的な意味も含めて、僕にとっての小説のあり方について書かせてもらおうと思います。あ、これはあくまで僕個人の考えです。ご了承ください。

 小説は文字表現です。例えば人間が足を動かして位置を変えることを、文字では「歩く」と表します。ですから僕たちはこの「歩く」という文字を見て、頭の中に「歩く」姿を存在させるわけです。ですが、現実に歩いている人間に「歩く」という文字自体は、当然ながらどこにも存在していません。こう考えると、文字、さらに言えば文章というのは、頭の中に姿形や状況を結ぶための、記号の役割を果たしています。僕たち作家は、この記号を組み合わせて、読者の頭の中に仮想の世界を作りだし、感動させることを目的としています。
 ですが、道具(この場合は文字)をもたされたら、それでもっと面白可笑しいことをしてやろうと、そう考えるのが人間です。フライパンで普通に卵焼きがつくれるようになったら、今度は一回転してキャッチしてやろうとか、そんなことを考えるようになるわけです。……やりますよね? ええと、ともかく、それが小説でいう「比喩」だったり「言い回し」だったりするわけなんですが、それらに感動できるのも、やはり人間だからなのです。
 でも一回転キャッチをしようがしまいが、できる卵焼きは同じです。文章でいえば、いくら凝った言い回しをしようが、伝わる情報は同じ、というより、同じでなくてはいけません。もちろん、より読者の心に残るような言い回しをすれば作品自体にも良い印象を残すことはできます。この「比喩」や「言い回し」を追求したものが「芸術」とよばれるのではないかと思います。
 結局、何が言いたいのかというと、僕は作品にこの「芸術」は求めていない、ということです。芸術はたしかに人の心を引きつける力がありますが、あまり追求しすぎると、頭の中に仮想世界を作り出すこと自体に労力を使ってしまい、その世界に入り辛くなってしまうと思うからです。また、現実世界に存在していない文字に強く意識を向けてしまうと、それと同時に物語であることも強く意識してしまいます。要は、夢を見るなら徹底的に、ということです。

 すみません。調子に乗って長くなりました。まだまだ鍛錬が必要なようです。日々精進していきますので、今後とも見捨てないで頂けたら幸いです。

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