はじめまして。稲葉陸(いなばりく)です。好きな分野はハードSFやミステリです。
今回は自己紹介的な意味も含めて、僕にとっての小説のあり方について書かせてもらおうと思います。あ、これはあくまで僕個人の考えです。ご了承ください。
小説は文字表現です。例えば人間が足を動かして位置を変えることを、文字では「歩く」と表します。ですから僕たちはこの「歩く」という文字を見て、頭の中に「歩く」姿を存在させるわけです。ですが、現実に歩いている人間に「歩く」という文字自体は、当然ながらどこにも存在していません。こう考えると、文字、さらに言えば文章というのは、頭の中に姿形や状況を結ぶための、記号の役割を果たしています。僕たち作家は、この記号を組み合わせて、読者の頭の中に仮想の世界を作りだし、感動させることを目的としています。
ですが、道具(この場合は文字)をもたされたら、それでもっと面白可笑しいことをしてやろうと、そう考えるのが人間です。フライパンで普通に卵焼きがつくれるようになったら、今度は一回転してキャッチしてやろうとか、そんなことを考えるようになるわけです。……やりますよね? ええと、ともかく、それが小説でいう「比喩」だったり「言い回し」だったりするわけなんですが、それらに感動できるのも、やはり人間だからなのです。
でも一回転キャッチをしようがしまいが、できる卵焼きは同じです。文章でいえば、いくら凝った言い回しをしようが、伝わる情報は同じ、というより、同じでなくてはいけません。もちろん、より読者の心に残るような言い回しをすれば作品自体にも良い印象を残すことはできます。この「比喩」や「言い回し」を追求したものが「芸術」とよばれるのではないかと思います。
結局、何が言いたいのかというと、僕は作品にこの「芸術」は求めていない、ということです。芸術はたしかに人の心を引きつける力がありますが、あまり追求しすぎると、頭の中に仮想世界を作り出すこと自体に労力を使ってしまい、その世界に入り辛くなってしまうと思うからです。また、現実世界に存在していない文字に強く意識を向けてしまうと、それと同時に物語であることも強く意識してしまいます。要は、夢を見るなら徹底的に、ということです。
すみません。調子に乗って長くなりました。まだまだ鍛錬が必要なようです。日々精進していきますので、今後とも見捨てないで頂けたら幸いです。