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駄論

どうも一日遅れのfe.comです。
みなさん夏をどう過ごしているでしょうか?
私は暑いのでエアコンをガンガンつけて涼んでいたんですが、気が付いたら頭がぼーっとするなあ、なんか暑いかな?って思ってエアコンをみるとドライモードになっていました。
頭では冷房をつけているので、まさに心頭滅却すれば火もまた涼しが境地。
ただ単に鈍いだけなんですけどね。

さて話は代わって時間について考えましょう。
普段歩きなれた道を何気なく歩いていたとしましょう。
通学路や出社で通る道などがいいでしょう。
なんとなく物思いにふけりながら足は自然に目的地に向かっていきます。
目では道路標識、信号、自動販売機や通りの猫や通学中の学生などさまざまなものへ移っていることでしょう。
通いなれた道ですから、どれも見慣れた風景で、見ているようで見ていないのです。
そこである考えが頭に浮かびます。あなたはその考えに熱中します。
気がつくとあなたは目的地のすぐ近くまで来ています。
回りくどい説明ですが普段何気なく起こることです。
つまり、集中すると時が経つのが早い。
さてここでこれを文章にします。
小説は全てを描いていません。
あなたの部屋を見まわして全てを文字にすることがどれだけ大変で無意味かわかるでしょう。
そんな小説は誰も読みたくありません。
では小説には何があるでしょうか。
人物が、舞台が、詳しくあるべきものは詳しく、それ以外はあるようでいてないのです。
では全部書かれていないのにまるで全部あるように小説を観れるのでしょうか。
それは100が100ではなく、60や40など完全ではないものが100になっているからです。
新聞の記事や、テレビ、映画、小説をまるまる覚えている人は多くはないでしょう。
そもそも覚えることが目的に作られたものではありません。
とすると、作者は40や60で作ればいいのでしょうか。
答えは簡単です。
NOです。
見たり読んだり楽しむ側が40や60で満足するのに、40や60で作ったら楽しむ側からすればそれは16や36になるのです。
では作者にとっての100とはなんなのか。

なんてことをだらだらと短く書いてみたりしました。
お茶をかき混ぜた程度の話もこの辺で。


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