早いもので7月ですね。
梅雨の時期は6月というイメージなのに今頃というのは、やっぱり温暖化か、
それとも地球のご機嫌次第なのか。
そんな感じでゆるゆるとした妄想を常日頃繰り返しているニイチでございます。
前回の執筆担当日に計算したらもう少し後での執筆かなと思ってたのですが、
意外に早く順番が回ってきて…ていうかもうあれから一ヶ月は経ったのかって早い…!
社会人として活動しておりますので、という言い訳をしつつなかなか執筆が進みません。
大丈夫、締め切りには間に合わせ…ま……す!
そんな現状ですが、今回はネタバレってわけでもないですが現在執筆中、
夏に製本へ、そして本誌ヴァンガードに回されると思われる作品の話でも。
唐突ですが、私はどうも「奇跡」というものが苦手です。
特に命関係の「奇跡」ってーのは生命力に対して失礼なお話だなぁと。
そうそう、某海賊漫画の「奇跡なめんじゃないわよ!」っていう台詞の回が自分の心境に似てる感じでしたねw
だけど私はもっと屁理屈と固い頭の持ち主なので、
「奇跡っていうのは何かと引き換えに起こるものであって、
ただ全てが丸く収まる万能の言葉と力なんかじゃない。
時に奇跡は残酷で、奇跡なんてなけりゃ良かった、と思われるんだろう」
そんなふうに考えています。
つまり所詮は偶然と命の時間なわけかなーなんて。
今回のお話はこんな私の乾いた心から生まれたお話です。
“奇跡は起きるかもしれない。でもそれは素晴らしい奇跡であると言えるのか?
でもこれは奇跡ではないかもしれない。ならばそれはどうやって起きたことなのか?”
あと人間の特徴をきちんと描きたいなーと思って書いています。
うわー、もう本当書けるかな、こんな偉そうな?ことまで書いているのにw
いや、書き上げますけどね、じゃないと小説の中で動こうとしてる人たちが
可哀想ですからね。
そういうわけで、ちょっと気になるな、って方はどうぞ本誌ヴァンガードをお楽しみにw
頑張ります。ニイチでした。
句読点がよくわかりません。
例えば「ああ、いいですよ、僕は」と「ああ。いいですよ、僕は」と「ああ、いいですよ。僕は」は別の文章であるはずなのですが、その差異をうまく掴むことができません。でもなんとかその違いを探ってみたいと思います。
・「ああ、いいですよ、僕は」
上記三つのの中では、が最もリズムが平坦なような気がします。加速も減速もありません。
「ああ」にも「僕は」にも特別な感情は感じません。彼(僕の人)はそれでいいのだなと思います。全体的に、ややぞんざいな印象ですかね。
・「ああ。いいですよ、僕は」
こちらは「ああ」のあとでいったん止まって、「いいですよ、僕は」の読点はそう意識せずスピーディーに読むような気がします。
やや「ああ」が強調されているかもしれません。相手の意見に関心してから同意しているようにも見えます。「。」を「!」に置き換えるとさらに関心を表現できますが、それではまったく別の文章になってしまいますね。
・「ああ、いいですよ。僕は」
これは最もテンポがスローな気がします。「ああ」の後ろで止まり、さらに「いいですよ」の後ろでもっと長く止まります。
この文章で強調されるのは「僕は」でしょう。言外に、「僕はいいけど、別の人はどうでしょうね」といった否定的なニュアンスを感じます。「ああ、」を「……」に置き換えると、よりそういった意味が際立ちますが、こちらもまったく別の文章になってしまいますね。
むろん前後の文章でもまったく意味は違ってくるのですが、個人的には上記のような印象を受けます。
とはいえ人によってまったく感じ方が違うのだろうなとも思います。こういうのの統計集とか欲しいです。
ではではー。